子どもの読書嫌いは克服させるべき?読書嫌いのオレが、読書をするようになった理由

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「本を読めば、世界が広がる」

これ、信じている方けっこう多いと思います。

実際、本を読んで世界が広がったと思う方もいるでしょう。

でも私は、こう思うのです。

「本の読み方次第で、世界が広がることもある」

この違いを少しでも気になった方は、先をお読みください。


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読書嫌いを克服させる必要はないと思う

こんにちは、あおやまです。

私は、本を読むことが好きではありませんでした。

あなたも小学生のころに、毎月○冊の本を読みましょう!みたいな課題とか、「朝の読書」みたいな時間って、ありませんでしたか?

私は、これが苦痛でした。

その時読んだ本が、今なにかの役に立っているかもしれませんが、あまり実感はないのが本音です。そもそもどんな本を読んでいたのか記憶がありませんしね。

こんな私なので、自分は読書嫌いなんだと思っていました。

しかし、ここ数年は本を読むようになりました。

それは、なぜか?

読書をすることが必要になったからです。

知りたいことを知り、理解するための1つの手段として読書することが最適だ、と思えるものがあったからです。

読書する目的が明確であれば、読むことはあまり苦ではないです。

理由は、読書にかけた苦労と時間が自分のためになるとわかっているからです。

本を読む時が来れば、自然と読むようになります。

その時が一生来ない人もいるかもしれませんが、それはそれで本に頼らない生き方ができているのでしょう。

知る手段はさまざまあります。このようなサイト記事もその1つですよね。

なので、わざわざ読書嫌いを克服”させる”必要はないと私は思うのです。

読書する目的は自分次第。価値の押し売りは野暮

私がここで言いたいことは、本を読むという価値は自分次第であるということです。

自分で読みたいと思った本は、読んだ方がいいと思います。

でも、読みたくない本をわざわざ読む必要はないし、読んでいる途中にこの先を読んでも意味がない、と思えば読むことをやめてと良いと思います。

本を読むって、結構時間かかるんですよね。

その時間を別のことに使った方が良い場合もあります。すべては自分次第ということです。

読書することの価値を知っている人は、その価値を他の人にも共有したいと思うはずです。

その価値の高さを伝えることは、素晴らしいことだと思います。

ただ私が思うのは、「読書」そのものに価値はあまりないと思います。

まったく同じ本を読んでも、その本の価値は、あなたと他の誰かでは違う可能性があります。

あなた自身の中でも、読んだタイミングでその本の価値は変わってくるのではないでしょうか。

生きている世界・人が見ている世界は、人それぞれなのです。

読書に問わず、克服”させる”という行為は、野暮だと思いませんか。

本を読めば世界が広がるとよく聞くけど・・・

冒頭の話に戻りますが、「本を読めば世界が広がる」というこのフレーズ。

ここでいう「世界」ってなんですかね?

なんでもかんでも本を読めば世界が広がるのでしょうか?

これウソではないと思いますが、他の方法でも世界を広げることはできますよね。

人と話しをしたり、音楽を聴いたり、映画を観たり、旅行に行ったり、友人とゲームしたり・・・

むしろ、本ばかり読んでいたら世界が狭くなるような気もします。

結局のところ、読書はインプット手段の1つなのです。

インプットすることはもちろん必要なことですが、重要なのはアウトプット。

いろいろなことでインプットしたことをアウトプットすることで、世界は広がるのではないでしょうか?

最後に

なぜ、この本を読む必要があるのか?この本を読む目的はなにか?

こんなことを意識して読むことができれば、その本を読んだ価値が生まれてくることでしょう。

「読めと言われたから、読む」みたいな感覚になってしまうと読書はただ時間の無駄です。

本の著者も、そんなスタンスで読んで欲しくないはずです。

「本を読めば世界が広がる」と考え自体、とても狭い世界の考えなのかもしれませんね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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